板東の大学 足利学校

 キリスト教の宣教師フランシスコ=ザビエルが「日本国中最も大にして最も有名な板東の大学」として足利学校を紹介したことはとても有名な話です。ザビエル以外にもポルトガル人宣教師のルイス=フロイスや中国明時代の探検家鄭舜功も足利学校を世界に紹介しています。
 なぜ足利学校がここまで評価が高かったのでしょうか。それは当時の学校と呼ばれた教育機関では珍しい公開の教育機関だったからだと言われています。当時多くの学校は大名や貴族のための教育機関であり、広く一般に公開されているものではありませんでした。
 足利将軍家の祖先をまつるためのお寺である鑁阿寺では、仏教経典以外の書籍に関する講義が行われていました。また、この講義は全国各地にある足利将軍家の私有地の管理をする公文所ないしは政所が取り仕切っていました。このような事から、全国から多くの入学者を迎え入れる公開の教育機関としての体制を整えることができたのではないかと考えられています。
 足利学校では、禅宗のお坊さんが教員でしたが、仏教的な内容は取り扱わず、儒学のみを教えていました。のちに儒学以外にも天文学、医学など実用的な学問も教えられるようになりました。