国・県指定等文化財詳細
児山城跡
児山城跡
児山城跡
項目 | 内容 |
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文化資源区分 | 史跡・名勝 / 史跡 |
文化財区分 | 県 指定 記念物(史跡) |
文化財名称 | 児山城跡 |
文化財名称よみ | こやまじょうあと |
指定年月日 | 1961年04月14日 |
所在地 | 下野市下古山 |
市町等 | 下野市 |
所有者/管理者 | 個人所有 |
概要 | 児山城は、多功城・上三川城とともに、宇都宮城の南方の守りのために築かれた城で、約660年前の建武年間(1334~1337)に、宇都宮頼綱の四男・多功宗朝の二男(または三男)朝定によって築城されたと伝えられています。 城は姿川東岸の台地上に、谷や丘陵をたくみに利用して築かれています。本丸の土塁と堀がほぼ完全な形で残っており、その規模は東西に80m、南北に90mほどです。土塁の四隅には本丸平坦地からの高さが3~4mの櫓跡があります。堀は幅20mほどあることから、鉄砲を意識して掘られたのではないかと考えられます。 児山城周辺では、築城以来数々の戦がおこなわれました。永禄元年(1558)に、越後の上杉謙信が多功城に来襲した時、児山城主児山兼朝は多功氏らと防戦しましたが、討死してしまったため廃城になったと伝えられています。 |