県内文化資源詳細

藤原秀郷像 森戸果香筆

代表画像
藤原秀郷像 森戸果香筆

項目 内容
文化資源区分 歴史資料 / 歴史資料
名称 藤原秀郷像 森戸果香筆
名称よみ ふじわらのひでさとぞう もりとかこうひつ
所在地 栃木県宇都宮市睦町2-2
所有者/管理者 栃木県立博物館
公開状況 施設にお問い合わせください
概要  数少ない藤原秀郷の肖像画です。俵藤太伝説は琵琶湖周辺が舞台となっていることから、一般に秀郷の出身も近江国というイメージがあるようです。しかし、父方の先祖が代々下野国府(栃木県栃木市。今でいう栃木県庁)の役人であったこと、母方も下野国の豪族であったことから、秀郷は下野国で生まれ育ったと考えられます。ただし、秀郷が父祖と同じく国府の官職に就いていた形跡は見られませんが、朝廷からは濫行を繰り返す荒くれ者との評価を受けていました(『日本紀略』ほか)。秀郷は、父祖から受け継いだ国府の公権力を背景に軍事集団を形成し、武芸と軍略を鍛錬していったと考えられます。東国で随一を誇った秀郷の武芸と軍略は、平将門の乱の鎮圧において必要とされました。
本画は、昭和時代に活躍した日本画家の森戸果香(本名は鐶次郎)によって描かれました。広島県出身の森戸果香は、大正7年(1918)に画業を志して上京し、日本画家で歴史画を得意とした小堀鞆音(栃木県佐野市出身)に師事しました。果香自身が藤原秀郷の子孫にあたることから「秀郷流末孫武将画像」124点を描き、すべて栃木県立博物館に寄贈しました。本画は、「秀郷流末孫武将画像」のうちの1点です。
画像二次利用条件 CC BY-NC-ND(表示-非営利-改変禁止)画像
リンク 栃木県立博物館HP