県内文化資源詳細
孟母断機
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化資源区分 | 絵画 / 日本絵画(明治時代以降) |
| 名称 | 孟母断機 |
| 名称よみ | もうぼだんき |
| 所在地 | 栃木県佐野市葛生東1-14-30 |
| 市町等 | 佐野市 |
| 所有者/管理者 | 佐野市立吉澤記念美術館 |
| 公開状況 | 施設にお問い合わせください |
| アクセス方法 | 東武佐野線葛生駅徒歩8分 佐野田沼ICから車で15分 |
| 概要 | 川合玉堂 孟母断機 縦168.2㎝、横85.7㎝ 川合玉堂(1873~1957)は、愛知県生まれ。はじめ京都に出て望月玉泉・幸野楳嶺に師事します。明治29年(1896)上京、橋本雅邦に入門しました。雅邦の有力な門人としての評価を確立し、文展創設時から審査員をつとめています。大正4年(1915)から東京美術学校(現・東京藝術大学)教授。同6年(1917)帝室技芸員。昭和15年(1940)文化勲章。爽やかな色彩で詩情豊かに自然を描く作品で広く共感を得ました。同32年(1957)死去。 京都で頭角を現していた明治28年(1895)、橋本雅邦の作品に感銘を受けた玉堂は、翌年上京して雅邦に入門します。本作は入門翌年の日本絵画協会第2回共進会で銅牌を受賞した「東京デビュー作」ともいうべきものです。漢画系の人物描写や窓外の光の把握はこの時期の雅邦画を彷彿とさせ、雅邦の教えをよく消化していたことを示しています。発表から40年近く経った昭和10年(1935)、この絵を入手した吉澤晃南が玉堂に箱書を求めたことで、画家と作品との久々の対面がかないました。玉堂は思いがけない再会を喜び、ひと月ほど手もとにとどめて懐かしんだといいます。 |
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| リンク | 佐野市立吉澤記念美術館 |