県内文化資源詳細

東照宮・陽明門と鼓楼

代表画像
東照宮・陽明門と鼓楼

項目 内容
文化資源区分 絵画 / 洋画(西洋絵画含む)
名称 東照宮・陽明門と鼓楼
名称よみ とうしょうぐう ようめいもんところう
所在地 栃木県日光市山内2388-3 小杉放菴記念日光美術館
市町等 日光市
所有者/管理者 小杉放菴記念日光美術館
公開状況 施設にお問い合わせください
概要 岡部花枝寒《東照宮・陽明門と鼓楼》
明治後期 紙/水彩
49.4×65.7 ㎝

 〈KWASHIKAN〉サインの本作は、極めて高い描写力を持つ画家であるにもかかわらず何者なのか⾧年不詳のままでしたが、近年になって岡部花枝寒(おかべ・くゎしかん、生没年不詳)という画家だと判明しました。その名は、小杉が20代の時に親しくしていた文士樋口配天による、1906(明治39)年に小杉・岡部・高村眞夫・丸山晩霞らと花見へ行った思い出話のなかに登場し、〈岡部は小杉のところに居る〉〈花枝寒は、日本趣味豊かな水彩画家であった。彼は源氏物語五十四帖を描きたいと言っていたが、果してそれを描きのこしたかどうか分からない。〉〈この友人たちにも遠ざかっているうち、(中略)岡部花枝寒も、つづいて故人となっていた。〉と書かれていたのです(『明治会見記』理論社, 1960)。
 小杉自身にも花枝寒が登場する著作や作品があります。例えば、『陣中詩篇』(嵩山房,1904)の友人たちを想う詩「寝ざめ」の〈薄手盃手に受けて花枝寒独りもの云はぬ〉という一節、絵巻《うさぎ帖》(1909 年, 茨城県近代美術館蔵)には正月の宴会で〈加藤青花 主となり 岡部花枝寒 副となり兎の皮を剥ぎ兎の肉を割く〉との讃があり、『漫画と紀行』(博文館,1909)では〈金洞山に向ふ、昨日来た友の花枝寒と山中で会し筈と期して居る。〉〈友人の花枝寒は旧御殿に泊つた(中略)夜になつて遊びに行く、二人枕を並べて話し乍ら寝る。(中略)雨ならもう一日泊らうと決して、花枝寒と二人近所を写生して歩く〉として登場し、〈くわしかん〉のルビが振られています。
 花枝寒その人の著作としては、『天鼓』13 号(1905.10)への〈蜩やちよるちよる流夏木立〉、『方寸』1巻2号(1907.6)への〈夫を待つ蘆間の舟の蚊遣かな〉〈蚊遣して眠る乞食や河の音〉といった俳句を確認できます。
 その経歴については詳細不明ですが、手がかりはあります。放菴には10歳ほど年上の「清彦」という友人がいました。彼は洋画家山本芳翠に学んだ後、各地を放浪し、放菴が少年時代の頃、五百城文哉のところに居候していたといい、1921(大正10)年2月に亡くなっています(放庵未醒抄「遊歴画家の日記」『アトリヱ』1925.3)。山本芳翠には「岡部清彦」という門人がいた記録が残っており、あくまで推測の域を出ませんが、この岡部清彦が「花枝寒」と号していたのではないかと考えられます。
画像二次利用条件 著作権なし-契約による制限あり
リンク 小杉放菴記念日光美術館