県内文化資源詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化資源区分 | 工芸品 / 工芸品 |
| 名称 | 【アートカード用】刀 銘 九州日向住國広作 号 山姥切国広 |
| 名称よみ | かたなめいきゅうしゅうひゅうがじゅうくにひろさくごうやまんばぎりくにひろ |
| 市町等 | 足利市 |
| 所有者/管理者 | 足利市立美術館 (足利市民文化財団) |
| 公開状況 | 施設にお問い合わせください / やまんばひゅうがのくにひゅうがのくに |
| 概要 | 国広 (1531-1614?) 日向国(現・宮崎県) 刀 銘 九州日向住國廣作 天正十八年庚刁貮月吉日平顕長(号 山姥切国広)1590(天正18)年、公益財団法人足利市民文化財団 刃長70.6 反り2.75cm ひとこと解説 長尾顕長のためにつくられた刀 キーワード:長尾顕長、北条氏直、本作長義、山姥切 県内関連地:足利市 小田原合戦の最中である1590(天正18)年に、刀工・国広が足利領主・長尾顕長のために作刀した刀です。この刀は、1586(天正14)年に、顕長が相模国の北条氏直から、帰属の見返りとして拝領した刀《本作長義》の写しとされるものです。長義を理想に置いた豪壮な姿に、多種類の焼刃で複雑に乱れた変化ある刃文、尖って返る帽子(先の部分の刃文)に迫力が満ちています。長義の単なる再現に留まらず、その精神性を汲みながら独自の解釈を加えることで国広の魅力が発揮された傑作です。 さて、「山姥切国広」というのは、この刀の「号」です。「号」とは、その制作者や来歴などに由来する、古くから呼ばれてきた通称名のようなものです。この刀が顕長の手から離れ、流転するうちに、いつしか「この刀で山姥を斬った」 という伝説が誕生し、「山姥切国広」という号がついたのです。 国広は、1531(享禄4)年、日向国(現宮崎県)に生まれました。青年期より、日向国を治めていた伊東氏に仕えていましたが、伊東氏没落後は山伏となり、転々としながら、作刀をしていたようです。その動向は定かではありませんが、1590(天正18)年には足利に訪れ、作刀をしていたことが分かっています。翌年には京に上り、堀川で一門を形成しました。当時から刀工として高い評価を得ていましたが、現在もなお「新刀の祖」として、その名声を博しています。 |
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