県内文化資源詳細

【アートカード用】鬼子母

項目 内容
文化資源区分 絵画 / 日本絵画(明治時代以降)
名称 【アートカード用】鬼子母
名称よみ きしぼ
所在地 栃木県さくら市氏家1297
市町等 さくら市
所有者/管理者 さくら市ミュージアム-荒井寛方記念館-
公開状況 施設にお問い合わせください
アクセス方法 東北自動車道宇都宮インターチェンジより車で30分。同矢板インターチェンジより車で20分。同、上河内スマートインターチェンジ(ETC専用)より車で15分。
JR宇都宮駅から東北本線(宇都宮線)にて3駅目、JR氏家駅下車。JR氏家駅からタクシー乗車(約5分)。
概要 荒井寛方(1878-1945)さくら市(旧氏家町)
《鬼子母》1936(昭和11)年、さくら市ミュージアム-荒井寛方記念館-
日本画 紙本着色 額(襖)285.0×200.0㎝ 

ひとこと解説:鬼なのに神様?寛方仏画の代表作
キーワード:仏画、鬼、色彩、大画面
関連地:栃木県 さくら市


1878(明治11)年、栃木県氏家町(現在のさくら市)に生まれました。21歳で上京し、水野年方に弟子入りして絵を習いました。1914(大正3)年に再興日本美術院に参加し、新しい日本画の研究をしながら作品を発表します。1916(大正5)年にはインドへ渡り、詩人・ロビンドロナト・タゴールと交流を行いながら、仏教の絵画を極めていきました。インドから帰ってくると仏さまや神様の絵を美しい色彩で描き独特な寛方の「仏画を」描き、高い評価を得ました。1940(昭和15)年から法隆寺の金堂壁画の修復模写の仕事を任命されましたが、1945(昭和20)年に法隆寺に向かう途中の福島県郡山の駅で亡くなりました。

仏様の絵(仏画)を得意とした寛方の代表作です。1936(昭和11)年の第1回「新帝展」に出品したもので、日本美術院に所属していた寛方が別の展覧会においてその腕を試した力作であり大作です。左手に子供を抱き、右手に吉祥果といわれるざくろを持つ鬼子母が濃い朱の裳をまとい立っています。かつて子を喰う悪鬼であった「鬼子母」が改心して慈悲の心を持つ神となった伝説を寛方は独自の解釈で描きました。鬼子母の回りに描かれている可愛らしい子供たちはキューピットのようにも見え、全体の構図はヨーロッパで見られる聖母マリアがキリストを抱く構図と似ています。寛方がインドをはじめ、世界旅行で得た見聞を発揮した作品といえるでしょう。手の指、足の指の宝飾品も美しく細やかに描かれていますので、ぜひ注目して鑑賞してください。
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リンク さくら市ミュージアム