県内文化資源詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化資源区分 | 絵画 / 日本絵画(江戸時代以前) |
| 名称 | 【アートカード用】鮎図 |
| 名称よみ | あゆず |
| 所在地 | 栃木県立博物館 |
| 市町等 | 宇都宮市 |
| 所有者/管理者 | 栃木県立博物館 |
| 公開状況 | 施設にお問い合わせください |
| アクセス方法 | 【JR宇都宮駅から】 ・関東バス市内線(宇都宮駅西口バスターミナル13番乗り場) 37番「桜通り経由鶴田駅行」または「桜通り経由西川田駅行」で『中央公園博物館前』 下車。徒歩8分。 ・関東バス郡部線(宇都宮駅西口バスターミナル10番乗り場) 43番「長坂経由新鹿沼行」または「砥上営業所行」、40番「西の宮団地行」で『文星芸術大学付属中高』下車。徒歩8分。 【東武宇都宮駅から】 市内大通りの関東バス「東武駅前」バス停で上記バスに乗車。 |
| 概要 | 小泉斐(1770-1854)益子町(旧下野国芳賀郡益子) 《鮎図》1808(文化5)年、栃木県立博物館 絹本着色、掛軸、119×64.7㎝ ひとこと解説:とっても人気だった小泉斐の鮎の絵 キーワード: 魚、鮎、岩、植物、花、川、流水、青、黒羽藩、大関増業、島﨑雲圃、近江商人 県内関連地:益子町、大田原市、茂木町 画面の上の方に岩や植物があり、下の方には川を泳ぐ鮎の群れが描かれています。遠くの景色は描かれず、その中で、一匹だけ水の上にジャンプしている鮎が目をひきます。水の中の鮎たちは、深いところにいる鮎はうすい色、浅いところにいる鮎ははっきりとした色で描かれています。小泉斐は鮎の絵をたくさん描いた画家として知られ、多くの作品はこの絵と同じような構図です。鮎の絵は、先生から弟子へと受けつがれてきたテーマで、斐の先生である島﨑雲圃(1758-1818)も得意とし、雲圃の先生の高田敬輔(1674-1755)も描いていました。生き生きと一匹だけ飛びはねる鮎を描くのは斐ならではの工夫です。また、魚の絵は、中国語で「魚」(yú)と「余裕がある」という意味の「余」(yú)が同じ発音のため、昔から幸せを呼ぶものとして人気がありました。斐が住んでいた黒羽(現在の大田原市黒羽)には、鮎漁が盛んな那珂川があり、そうした地域の特色も、斐の鮎の絵が好まれた理由かもしれません。 1770(明和7)年、下野国芳賀郡益子(現在の益子町)の神社の家に生まれました。数え年で11歳頃から茂木(現在の茂木町)で商店を営む近江商人の島﨑雲圃に絵を学びました。30歳頃からは黒羽(現在の大田原市黒羽)に住み、のちに黒羽藩の殿さまである大関増業と増儀に仕えて、神社の宮司と画家の両方で活躍しました。鮎図のほかは、風景や人間、仙人の絵をよく描き、年老いても活動を続けて、1854(嘉永7)年に85歳で亡くなりました。 |
| リンク | とちぎデジタルミュージアムSYUGYOKU(珠玉)_小泉斐_鮎図 |
| リンク | とちぎデジタルミュージアムSYUGYOKU(珠玉)_小泉斐_鮎図(県指定) |