県内文化資源詳細

【アートカード用】柿釉赤絵扁壺

項目 内容
文化資源区分 工芸品 / 工芸品
名称 【アートカード用】柿釉赤絵扁壺
所在地 栃木県宇都宮市桜4-2-7
市町等 宇都宮市
所有者/管理者 栃木県立美術館
公開状況 施設にお問い合わせください
アクセス方法 [JR宇都宮駅から]西口バスターミナル1番乗り場から関東バス[53和尚塚経由細谷車庫行]、8番乗り場から関東バス[56日光東照宮行]、[52石那田行]、[58船生行]、[51仁良塚経由ろまんちっく村行]で約15分、[桜通十文字]バス停下車すぐ
または、6・7番乗り場から関東バス「作新学院・駒生行き」で約15分、[桜通り十文字]バス停下車、徒歩2分/[東武宇都宮駅前から]東武宇都宮駅前バス停(大通り沿い)から、関東バス上記行きバス利用で約5分、[桜通十文字]バス停下車すぐ/[東北自動車道][鹿沼IC]から約15分、または[宇都宮IC]から約20分/[北関東自動車道][壬生IC]から約25分
概要 濱田庄司(1894 – 1978)
《柿釉赤絵扁壺》1971 年、栃木県立美術館
陶、高23×幅16.2×奥行9.5㎝

ひとこと解説:沖縄と益子の技を融合した濱田晩年の代表作
キーワード:花、壺、茶色、文様、益子焼、沖縄、人間国宝
県内関連地:益子町

「扁壺」と呼ばれる平たい瓶は、水やお酒を入れる容器や花瓶として使われます。ですが、この扁壺は眺めるだけでも楽しめる、見どころの多い美術作品です。張りのある形は益子の土をこね、「型」を使って作られています。益子昔ながらの柿色の釉薬をかける前に溶かした蝋を塗っておくと、その部分だけ釉薬をはじき(「蝋抜き」)、明るい土の肌が出てきます。濱田はそこに、サトウキビの図柄を「赤絵」と呼ばれる技法で生き生きと描きました。紙と違いざらっとした土の面に描くのは難しいはずですが、書を得意とした濱田の筆づかいは自由で勢いがあります。濱田のトレードマークともいえる「黍文」は、沖縄のサトウキビ畑のスケッチから生まれました。はじめは写実的なものでしたが、何百回も描き込むことで、濱田らしい伸びやかな文様へと変化していきました。「蝋抜き」も「赤絵」も濱田が沖縄から取り入れ、益子で用いられるようになった技法です。濱田は世界中の陶芸の産地を訪ねて伝統的な技を学び、それらのエッセンスと益子の素材とを結び付け、独自の作風を作り上げました。

栃木県の南東部に位置する益子は、江戸時代末期に陶土が発見され、関東有数の陶器の産地となりました。近代以降、その知名度をさらに高めたのが神奈川県出身の濱田でした。濱田はイギリスの陶芸家、バーナード・リーチとともに渡英し作陶活動をする中で、地方での健康で静かな暮らしからよい工芸品が生まれることを学び、帰国後の1924(大正13)年、益子に工房を構えました。実用性を重視した丈夫でしっかりとした作品を数多く制作し、1955(昭和30)年、重要無形文化財「民芸陶器」保持者(人間国宝)に認定されました。