県内文化資源詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化資源区分 | 絵画 / 洋画(西洋絵画含む) |
| 名称 | 【アートカード用】鑿道八景 (第七景)下野塩谷郡男鹿川独橋有三架 |
| 名称よみ | さくどうはっけい(だいななけい)しもつけしおやぐんおじかがわどっきょうさんかあり |
| 所在地 | 栃木県那須塩原市三島5-1 |
| 市町等 | 那須塩原市 |
| 所有者/管理者 | 那須野が原博物館 |
| 公開状況 | 施設にお問い合わせください |
| アクセス方法 | 国道4号線三島交差点から塩原方面へ約㎞/東北自動車道西那須野塩原I.Cから西那須野駅方面へ約3㎞/JR宇都宮線西那須野駅または東北新幹線那須塩原駅からJRバス塩原温泉バスターミナル行き「三島農場」下車徒歩3分/JR宇都宮線西那須野駅からゆ-バス西那須野内循環線「那須野が原博物館」下車、徒歩すぐ。 |
| 概要 | 高橋 由一(1828 -1894)東京都千代田区(旧:江戸大手前) 《鑿道八景 (第七景)下野塩谷郡男鹿川独橋有三架》1885(明治18)年、那須野が原博物館 絹、油彩、43.7×51.4cm ひとこと解説:日本洋画の先駆者による、近代の風景画 キーワード:橋、近代の道、風景画 県内関連地:那須塩原市/日光市 高橋は、1884(明治17)年に115日間かけて東北を旅し、100枚以上の絵(スケッチ)を描きました。この旅行で心に強く残った風景を8枚の油絵にしました。そのうちの1枚がこの作品です。日光市上三依における、福島と栃木の県ざかいを流れる男鹿川にかけられた木の橋を描いています。橋は、谷底から3段に組まれた柱で支えられています。この作品は、日本の伝統的な絵画に使う絹に描かれていますが、絵の具は西洋の油絵の具を使っています。高橋が活躍した、江戸時代末から明治時代中頃は、油絵の具も道具も少なく油絵を描く状況は今ほど整っていませんでした。しかし、橋や山、谷底を流れる川、行き来する人々など、細かくてリアルな画面から、高橋のすぐれた表現と新しい描き方への挑戦が感じられます。なお、高橋の東北への旅行は、三島通庸からの依頼で三島の土木事業の成果を石版画で残すためのものでした。翌年に《三県道路完成記念帖》を完成させています。 高橋は、佐野藩(現在の佐野市にあった江戸時代の藩)の武士の出身で、1828(文政11)年に、江戸(現在の東京都)に生まれました。20歳代で西洋の絵画を見て感動した高橋は、江戸幕府の西洋を研究する役所で絵画を調査し、幕末に来日したワーグマンに絵を習い、明治時代にはフォンタネージに指導を受けるなど、強い意志を持って西洋の絵画を学びました。その後、塾を開き西洋の絵画を学びたい多くの人を指導し、初期の西洋絵画界をリードしました。1894(明治27)年、東京で亡くなりました。 |