県内文化資源詳細

【アートカード用】50年前の布良

項目 内容
文化資源区分 絵画 / 洋画(西洋絵画含む)
名称 【アートカード用】50年前の布良
名称よみ ごじゅうねんまえのめら
所在地 栃木県芳賀郡芳賀町祖母井南1-1-1
市町等 芳賀町
所有者/管理者 芳賀町総合情報館
公開状況 施設にお問い合わせください
アクセス方法 L R T :JR宇都宮駅東口から芳賀工業団地管理センター前下車、 JRバスに乗り換え、芳賀町役場前下車すぐ
自動車:北関東自動車道真岡I.Cから約30分 / JR宇都宮駅東口から約30分
概要 福田 たね(1885-1968)芳賀町(旧:芳賀郡東高橋村)
《50年前の布良》1960(昭和35)年、芳賀町総合情報館
紙、水彩、25.5×36.5㎝

ひとこと解説:青木繁の恋人だった女性画家の明治時代の思い出
キーワード:海、海岸、ワカメ、写生、思い出、布良
県内関連地:芳賀町


福田たねは、70歳を過ぎた頃から、画学生だった明治時代の思い出を描いています。この作品は、1904(明治37)年、福田たねが恋人だった画家・青木繁(1882-1911)や彼の友人たちと共に布良(千葉県館山市の布良地区)へ写生旅行に行った際に、青木がその地の海岸で写生をしていた時の様子を描いたものです。明るい色彩で描かれ、着物に袴姿の青木の前をワカメや小魚を運ぶ女の人たちが通り過ぎて行きます。旅行中、青木は後に国の重要文化財になった《海の幸》を制作します。《海の幸》には、大きな魚を漁師たちが担いで運んでいる様子が描かれていますが、青木はその様子を実際には見ていないそうです。友人が海岸で見た大漁に沸き立つ水揚げの話を聞いて、布良で描いたワカメや小魚を運ぶ風景の写生画や、様々なスケッチを構成して制作したと考えられています。

福田たねは1885(明治18)年、栃木県芳賀郡東高橋村(現在の芳賀町)に生まれました。最初は、日光の洋画家・五百城文哉から絵を学び、その後、東京の画塾・不同舎に入り腕を磨きました。当時、女性が絵を学べる場所はたいへん少なかったと言います。不同舎で、たねは青木繁と出会います。たねの存在が、青木の作品づくりに影響を与え、青木は多くの名作を生み出しました。その後、たねは青木と別れて結婚し、子育てをしながら絵を描き続けました。70歳近くになってから再び本格的に絵の制作を始め、多くの作品を展覧会に出品しました。
リンク 芳賀町